『産業空洞化に立ち向かう私たちの提言論集』発刊にあたって

2004年8月 生熊茂実(JMIU中央執行委員長)

 日本経済の「景気回復」が喧伝されている。「構造改革」が成果をあげたという政府・財界や商業マスコミの言い分を聞いていると、長年にわたる不況も、大問題となってきた産業空洞化や地域経済の崩壊も、すでに過去のこととなってしまったかのようである。しかし、現実はそうなっているであろうか。

 最近は、中小製造業でも仕事量の増大がみられるのは事実である。しかし大企業が、輸出産業を中心にバブル経済期に匹敵するような増益を手にし、国内外での設備投資拡大に動いているのに対して、中小企業は依然として需要停滞と低価格化に苦しみ、その設備投資は引き続き下降傾向をたどっている。大企業と中小企業の「格差」が一段と深まるなかで、中小企業経営と地域経済は、いっそうの競争激化と先行き不安にさらされている。

 現に地域では、大企業による、会社組織の再編、事業所閉鎖、関連子会社の解散などをテコとする「人減らしリストラ」が、今日なお広範に強行されつづけている。海外への生産移転にともなう「産業空洞化」も、いっこうに止まる気配がない。それどころか、多国籍企業化した大企業が、企業利益の極大化をめざして地球規模的な事業展開をするようになり、国内市場の停滞下にますます海外市場への依存度を高めている状況のもとで、生産拠点の海外移転はむしろ拡大さえしている。そして、昨今の工場での爆発事故や火災、そして「クレーム隠し」の多発に見るように、産業空洞化の影響が、わが国のものづくりを根底から破壊するところまで及んできている、というのが今日の現実なのである。

 ここに刊行する『提言論集』は、この現実をふまえて、産業空洞化問題に真正面から取り組んだ調査研究報告であり提言である。産業空洞化こそは、労働者の雇用とくらしに、また中小企業の経営と地域経済に、深刻な打撃を与えている中心的な要因の一つであるとの認識に立って、労働者・国民の利益にそった問題解決の方策は何かを真剣に探求した論集である。

すでに私たちは、2003年3月、中間報告として「産業空洞化に立ち向かう第1次緊急提言」を発表している。それは、産業空洞化の危機的な進行状況を明らかにしつつ、それとのたたかいの必要と主要な打開の方向を、国民的課題として緊急に提起するものであった。今回の『提言論集』では、その後の情勢の変化も考慮にいれながら、「グローバル化のもとで、産業空洞化はやむをえないのか」、「アジア諸国との大きな賃金格差があっては、日本では『ものづくり』は成り立たないのか」、「中国経済、アジア経済との共生の道はないのか」などの基本的問題をより深く広く研究し、産業空洞化に立ち向かう国民的共同と国際連帯の方向を明らかにしようとしている。そこでは、多国籍企業戦略とのたたかい、政府・財界のすすめる「構造改革」とのたたかいを抜きにしては、@労働者のくらしと雇用をまもる、A日本経済と地域経済再生をめざす、B金属製造業と「ものづくり」の技術・技能をまもる、などの課題を実現できないことが、改めて鮮明に裏づけられている。

 『提言論集』は、具体的には以下のような構成と特徴をもって展開されている。

 第1部は「産業空洞化に立ち向かう私たちの提言」であり、私たちが総体として提起する「産業空洞化政策」である。「第1次緊急提言」発表後の財界の戦略、経済情勢の変化、運動の発展などを踏まえて、「第1次緊急提言」を全面的に深め発展させたものである。とくに「当面のとりくみ課題」で提起したものは、これまでのとりくみのなかから生まれた実践的な経験を理論化・政策化しており、職場・地域ですぐにでも活用できるものである。

 第2部は、@「産業空洞化の現状と特徴」、A「政府・財界・労働組合の産業空洞化政策」、B「産業空洞化と日本経済」、C「産業空洞化に立ち向かう労働組合の役割」の4つの論文から成っており、「現状認識」、「政策批判」、「空洞化の原因」、「運動論」の各領域にわたって展開されている。これらの論文は、実態調査を踏まえ、討論を積み重ねて書かれたものであるが、必ずしも細部まで意見を一致させる必要はないと考えて、文責は筆者という扱いになっている。

 第3部は特別報告論文であり、わが国の産業空洞化問題との関連で「中国経済の発展をどう見るか」という論究である。新たな視点で中国経済の発展を考察するなかから、日本経済が陥っている経済危機の深刻さが改めて浮き彫りにされている。

 今回の「産業空洞化に立ち向かう私たちの提言論集」は、二つの意味で画期的な意義をもっていると言えるのではあるまいか。

 第1には、産業空洞化によって被害をうける労働者・国民の立場に立って、産業空洞化に立ち向かう政策を全面的に提起している点である。研究者との共同作業であったが、労働組合が中心になってまとめた政策としては、おそらく日本で初めてのものであろう。それは、もっとも被害をうけている当事者からの告発、そして運動の蓄積のなかから生み出された政策として、世に問われているのである。

 第2には、産業空洞化に立ち向かうことが、地域経済の再生や日本経済のつりあいのとれた発展を実現するうえでも、さらには中国をはじめとするアジア経済と日本経済との共生を実現していくうえでも、きわめて重要かつ不可欠な課題であることが明らかにされた点である。いいかえれば、産業空洞化に対するたたかいは、国民的な共同の運動として発させることができるし、せひともそうした広範な取り組みを前進させる必要があることを、理論的にも政策的にも明確に示したことである。

 私たちは、この『提言論集』に対する各界の率直なご意見をいただきたいと思う。広範な労働組合・労働団体、経営者や業界団体、それに地方自治体、住民団体、政府政策当局などとの、あるいは有識者やマスコミとの意見交換をおこないたいと考えている。そして、それぞれの立場から、産業空洞化を克服するための真剣な討議に参加して下さることを強く期待したいと思う。

 私たちの労働組合、全日本金属情報機器労働組合(JMIU)は、一般機械、金属製品、自動車、電機、精密、コンピューター関連など、ものづくり金属製造業やソフトウェアの労働者で組織する労働組合である。JMIUは、これまでもリストラや海外への生産移転によって引き起こされるくらしと雇用の破壊に対して徹底してたたかい、一定の成果を勝ち取ってきた。しかし、そのたたかいの経験のなかから、労働者のくらしと雇用をまもり、中小企業の経営基盤と日本の「ものづくり」をまもるためには、日本経済を破壊する原因に立ち向かう必要があることを痛感し、産業空洞化政策の具体化に取り組んできたのである。

 いまや私たちは、この『提言論集』を力にして、産業空洞化に対するたたかいに本格的に取り組んでいく時を迎えている。広範な労働者・国民の世論が私たちとともにあることに確信をもち、職場における労働者の統一闘争と、地域における共同の要求・共同の運動をつくりあげながら、21世紀の日本が、労働者・国民にとって明るいものになるよう、産業空洞化克服のたたかいを断固として発展させる決意を表明して、発刊のことばにしたい。